変わり目の瞬間

 若い頃は、昼と夜の境い目や、季節の変わり目などに、かなり鈍感でした。なーんとなく暗くなって夜になったり、気づいたら秋になっていたりする中、自分はおくればせながら時間に飛び乗って、それでも平気で暮らしていたようです。
 ところが最近は、境い目や変わり目には、実は変わっていく瞬間があるのだと気づいたのです。初秋は、いきなり秋になり、そしてしばらくすると、いきなり晩秋になり、そしてまた、いきなり初冬になるのです。
 同じように、夜と朝の間も、昼と夜の間も、けっしてだらだらした変化ではなく、なにかが瞬時に変わるのを、自分のなにかが感じるようになりました。それはとくに、この村で暮らしているとよくわかり、上京してコンクリートに囲まれると、まったく鈍くなります。
 日の出も、日の入りも、どちらも瞬時に刻まれる自然の営みであり、月の満ち欠けに準じた生き物たちの営みも瞬時に変化するわけで、そんなこと、今にはじまったことではないのですが、恥ずかしながら実感にはうとかったようです。
 ただ、人間が生まれるときは、だれにも10ヶ月間の生物的準備期間が有り、そして瞬時に生まれるのですが、死には病気という心身の準備期間のある人と、全く準備期間のない人がいて、結果としては同じく死の瞬間に至るという奇妙な差があるのを、どう理解していいのかと立ち止まる昨今です。
 今年ほど晩秋を味わったことは、ありませんでした。そして、初冬になった瞬間に、なにかふっきれたような力強さに押されたのも、思いがけない体験でした。

 一ヶ月ぶりにムササビが帰巣して、日没30分後に出巣、滑空していきました。人知れず、昼夜と季節を生きぬく彼らのその、なにかに忠実な営みにうたれます。
 ぐちゃぐちゃ考えず、わあわあ騒がず、いいなあ、えらいなあと、その座布団シルエットの滑空を、初冬の夕べに見送りました。
                   りすママ
 
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晩秋の色

 大雨のあと、森の色が一気に変わりました。緑はだいだい色に、赤は黒すぐりの色に、黄はこがね色に、そして、茶はほうじ茶色に、それぞれが渋みをまして、まさに晩秋の色に染まりました。派手さはありませんが、実に深みのある色で、しばし見とれます。
 はらはら散るもの、枝にしがみつくもの、勢いついて吹っとぶもの、葉のさまざまな動きの中で、りすは相変わらず冬支度に忙しそうです。
 外を歩くと、足元で枯葉がシャラシャラと音をたて、これもまた愉快な道連れです。苦手な春にくらべて、眺めても、歩いても、耳をすましても、なにをしても楽しい秋。
 きょうはほぼ半日読書をしていたのですが、カラマツの散る中に、ずっと立っていたような気がして、晩秋ならではのカン違い、ちょっと得した気分になっています。

                   りすママ

山中湖畔の紅葉はここ!

 例年通り、山中湖畔の紅葉は、旭日丘周辺がすばらしいと思います。情報創造館周辺は、ドウダンツツジとカエデの赤が抜きん出ていますが、平野から旭日丘へ向かうシャトーテルあたり(路地番号では5番から7番)の道路両側は、いろはカエデのグラデーションが見事です。
 旭日丘は、観光船乗船場から情報創造館へ向かう遊歩道内に、赤の秀でたカエデが何本かあり、陽が当たると、飴色に透けて、それはそれは美しい一角になります。この地区の樹木は、ケヤキなどの大木が多く、長い年月の寒冷に耐えてきた、重厚な植生を感じます。
 あと、平野地区は全体的に黄色が主ですが、それでも別荘地の奥に足を踏み入れますと、ドウダンツツジなど、けっして多くの目に愛でられることはないけれど、ひたむきに染まる紅葉の生垣に、はっと足をとめることもあります。
 紅葉は、突風がないかぎり、11月15日前後まで見られると思いますので、どうぞお出かけください。そして、喫茶店あみんに寄り道をなさってみてください。にぎやかな紅葉はありませんが、薪ストーブの暖かさに、ホンの少しなにかが染まってくれれば、こちらもうれしいです。

                        りすママ
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