旧盆後の涼風

 ついこのあいだ、ベランダの各テーブルに、ウチワを配っていたのがなつかしく思われるくらい、だいぶ涼しくなりました。
絶対数はそう多くはないのに、ヤマガラが手に載るようになりました。これもまた、旧盆の風の仕業でしょう。
 うちは、15日の土曜日早朝、91歳の叔父が危篤との知らせを受け、店を一日臨時休業にして、即上京しました。遠路、ご来店くださったお客様、たいへん申しわけありませんでした。
 噂には聞いていましたが、東京街中のアスファルトの照り返しは尋常ではありませんで、病院の駐車場から正面玄関までのたった十数メートルで、しばし呼吸困難になりそうでした。でも、無事に叔父を見舞えてよかったです。叔父は、その5日後に息をひきとったとの連絡がありました。
 旧盆が過ぎ、久々(約1年ぶり)にゴジュウカラのフィフィという鳴き声と姿を確認し、またカケスの元気な鳴き声も耳にし、黄葉した葉が落ち始め、りすのクルミをかじる音が森にひびき、いよいよ秋到来の風情となりました。
 短い夏のさまざまな思い出が、そのうちひとつひとつ蘇ってくるのが秋の楽しみでもあるので、わたしには、秋の物哀しさはあまり感じられません。春が苦手な分、秋は大好き! です。
 10月半ばまで、まだまだベランダ席でくつろげますので、ぜひとも秋を共感しにいらしてください。彼岸を過ぎ、長くなるのは夜ばかりでなく、手足もあくびも、のびるような気がします。
                                  りすママ
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ヤマガラの子育て

 いつもなら、6月中旬の森に響きわたるヤマガラのヒナの鳴き声が、8月初旬の今、シーシーシーと聞こえています。巣立ったばかりで、まだ自力でエサをついばめないヒナが、親鳥の後を追ってエサをねだっている声です。今のところ、そういうヒナが4羽はいます。その子たちが、入れ替わり立ち替わりエサ台に来ては、親がエサを噛み砕いて口移しでくれるのを待っているのです。一応は、自力で噛み砕くポーズはとります。でも、なかなかうまくいかないので、シーシーシーとねだり、親は横目でその努力の姿を見ながら、出番となると、口移しで一度に何回もやります。遠くに飛んで、ついてきた子にだけ、エサをやる場合もあります。ヒナはやせ細って、産毛がもにゃもにゃしているので、人間の目にもすぐに識別できます。
 以前も書きましたが、8月中旬を境にヤマガラの数がぐんと増えるのは、旧盆だからあちらから還ってくるのか?、それとも、還ってくるから旧盆なのか?、どちらなのかわかりませんが、境は明らかに存在します。ヤマガラの数と動きを見ているだけで、旧盆の到来が感じられます。盆とは、盂蘭盆(うらぼん)という梵語が由来で、祖霊を死後の苦しみから救済するための仏事だと、辞書にはありますので、野鳥たちもそうした世界に生きづいている証しなのでしょう。古代ペルシャの哲学が基にあるということは、太陰暦が軸になっているということですから、あらためて月の満ち欠けを身近に感じる昨今です。
 ヤマガラの子育ての様子を、見ているだけで気もちがなごみ、自ずと笑顔になるお客さんを見て、もちろんこちらも笑顔になります。

 今月の第54回ごはん会は、8月30日の午後6時からですので、前日までにお申し込みください。

                                   りすママ
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