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冬の足音

 紅葉がすっかり枯れ葉となって散り、広葉樹の多くが寒々しい姿をさらす季節になりました。隣の家の幼い兄弟たち(7歳、4歳、2歳)が、朝から外遊びをしています。みんな男の子で、笑い声こそ聞こえますが、泣き声は聞こえません。走ったり、転んだり、自転車をこいだり、すでに数時間ずっと彼らの楽しそうな声が響いています。
 今から37年前、この兄弟の父親であるT君5歳と、うちの次男5歳が、やはり同じようにこの道で遊んでいたのを思い出し、いたく懐かしく、胸がいっぱいになります。袋小路なので交通量がなく、適当に坂や広場につづくので、格好の遊び場所です。放っておいても声が聞こえるので、ふたりの母親たちは安心でした。T君のその母親は、孫の顔を見ずに48歳で病気で亡くなってしまい、今となっては、わたしが彼女の分まで、子どもたちの声に耳をすましているわけで、それもまた感慨深いものがあります。
 都会ではないし、村の中心から外れているので、この周辺の景観は、37年たっても、そんなに変ってはいません。ここから見る山中湖の湖面も、富士の姿もまったく同じです。年月が感じられるのは、同じ家に暮らす人々の代替わりで、冬の足音とともに、身に染みるようになりました。
 昔のお年寄りたちも、おそらく同じようにそれを感じていたのでしょうが、わたしには、彼らが当たり前に淡々と、身に染みることなく年を重ねていたようにしか思えませんでした。まあ、隣の家の幼い兄弟たちにしても、今のわたしたちは〈となりのじいじ〉〈となりのばあば〉そのものなので、きっと30年くらいたてば、彼らはふりかえって何かを思うかもしれませんが。

  次回のごはん会は、来年1月4日(木)昼の12時からです。

                              りすママ
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枯れ葉舞う夕ぐれに

 晩秋の突風に、色づいた葉が舞って、それはそれは、まるでフランシス・レイの世界のようです。ただそこに、イヴ・モンタンやキャンディス・バーゲン、ジャック・ニコルソンやヘレン・ハント、ミア・ファロウのような、意味ありげな渋い男女がいないだけが残念ですが、夕ぐれの森はほんとうにきれいです。
 陽が落ちて、夕食の支度をしているとき、薪ストーブの煙を外に出そうと窓を開けましたら、偶然目の前にムササビの滑空を見ました。それも、数秒差で二匹の滑空です。どちらもシルエットで、左右の森に着地したようです。いつものウロには帰巣しませんが、同じ森のどこかで、こうして日の入り後にはエサである葉をもとめて、滑空を繰り返していると思われます。冬になると、日の入り後はついつい窓を閉めてしまい、夜行性小動物の動きに縁遠くなりますが、勤勉な彼らはいつもと同じ行動をしている、すごいなと改めて思います。野生の尊さを感じます。でも、ちっともロマンチックではありません。
 地面にクルミを埋め終わったリスたちは、枯れ枝を走り回り、ときおり、すでに5カ月も空っぽのムササビのウロで昼寝なんかしています。チャーミングで滑稽です。でも、ロマンチックではありません。
 ロマンチックって、いったい何がどうなのか? 非現実的で、空想的なのがその意味だとすると、動物たちの暮らしは、あまりに現実的で、生態系からはみ出ることがありません。ロマンチックであるはずがない、そのとおり、納得しました。
 そして初老のわたしたちも、ルーティーンをこなすことに必死で、現実の中にどっぷりつかっています。この世的な希望はあっても、空想を夢見ることはなくなりました。 やっぱりね、ロマンチックであるはずがない、そのとおり、納得しました。
 突風に舞う枯れ葉だけが、なぜか? どうしてか? ロマンチックなのは、ただそこに昔観た映画の一シーンと俳優たちが重なって見えるからなんですね。映画も俳優も虚構なのに、こうして何十年も騙されたままでいる、思わず笑ってしまいました。
 
                      りすママ
 
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