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季節の音

 外を散歩していたら、心地よい音が耳に届きました。カサカサでもない、シャラシャラでもない、なんだろう? カシャカシャでもないけど、何か軽いものがやさしくふれ合う音、そっと横を見てわかりました。細い路地に枯れ葉が落ちる音でした。きのう落ちた枯れ葉に、新たな枯れ葉が重なる音でもありました。ささやかで、それでいて絶え間ないその音は、わたしの足音に合わせもせず、何か独自の舞台で奏でているようでもありました。今まで数えきれないほど秋の散歩をしているのに、はじめて気づいた音です。一番好きな季節、秋、それも朝。帰宅して、二階の窓から見える木々の葉も、地上から聞こえるその音に、そっと耳をすませているのか、かすかに揺れたりしています。トラックから降りた宅配便のお兄ちゃんの落ち葉を踏みこむ音も、決してささやかではありませんが、まちがいなく秋ならではの音でした。
                      りすママ
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スケジュール記載のない手帳

 今年は、おそらくだれの手帳も、スケジュール記載のない空欄がつづいていたと思われます。かといって、その空欄が、イコール空白の日々だったか? と自問すれば、決してそうではありません。ただ、スケジュールに沿った日常がなかった、そして今もほとんどないのだと思います。
 たまたま恩田陸著『夜のピクニック』に、この状況を言い当てた描写があり、以下に引用させてもらいます。
 
 日常生活は、意外に細々としたスケジュールに区切られていて、雑念が入らないようになっている。各日課、(中略)は、深く考えることなく反射的にできる。むしろ長時間連続して思考し続ける機会を、意識的に排除するようになっているのだろう。そうでないと、己の生活に疑問を感じてしまうし、いったん疑問を感じたら人は前には進めない。(中略)スタートしたばかりのころは、だれもが沈黙を恐れてお喋りをしていたのに、今では沈黙に慣れ始めていた。むしろ、今までにも増して言葉は身体の中に満ちてきているのに、自分の中だけでお腹いっぱいになってしまい、語る必要を感じないのだ。
                        恩田 陸著『夜のピクニック』より
 

 この作品は、地方高校の歩行祭(24時間の長距離歩行イヴェント)を描いた、今から18年も前の傑作ですが、コロナ禍の状況と重なります。ちがいは、この歩行祭にはゴールがあり、コロナ禍にはゴールがなさそうだということかもしれませんが。

         71歳にして青春小説をめくっています。 りすママ
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