シルクロードへの旅

昨年の冬は、バックパッカーでヨルダン・ペトラを歩き、個人旅行の醍醐味にすっかり魅了された我ら夫婦。今年は、長年の夢だったサマルカンド(青の都)を中心に、ウズベキスタンを二週間、やはりバックパッカーで歩いてきました。
 旧ソ連から独立して、まだ21年目という国。民族的には、ペルシャ系、ロシア系、モンゴル系、トルコ系、朝鮮系、中国系、インド系など、言語もタジク語(ペルシャ語)、ウズベク語(トルコ語)、ロシア語が話される、たいへん多種多様な文化をもった国です。近年は、サッカー・チームで名を知られるようになったかもしれません。
 地図とガイドブックを片手に、飛行機、鉄道、タクシー、徒歩で、ウズベキスタン国内を約2000キロ移動し、かつてのシルクロードの一部をたどったわけですが、ロシア語もウズベク語もできないわたしたちは、身振り手振り、筆談を酷使しての、ほんとうに熱血勝負の毎日でした。幸い、山中湖という寒冷地に住んでいるため、零下10数度の外気の中も、体調を維持して歩くことができましたが、じっさい、どこまでも続く寒々とした綿花畑や貧しい農家のたたずまいを連日目にすると、とんでもない遠くに来てしまったと、緊張と不安にかられる日々もありました。しかし、道中出逢った多くの人々の笑顔や親切に励まされ、なんとか無事に二週間の旅を終えることができました。
 国境や言語を越えて、異文化にふれるのは旅の収穫ですが、今回は17世紀という時代にまで浸ってこられた実感があります。旧ソ連時代は、弾圧を受けていたというイスラム文化が見事に復活した地域では、携帯電話やインターネットこそ普及していましたが、お年寄りの日々の暮らし方(衣食住)が、300年前とそんなに変わっていないだろうという光景に何度も出逢い、いつのまにか自分たちもその世界を歩いていました。
 最終日、大都会のタシケントに再び降りたったとき、17世紀から一気に21世紀に飛び移ったような、まさに浦島太郎的感覚を体験しました。
 旅行距離の長さだけではなく、300年間の時差に体がついていくには、まだまだ時間がかかるように思いますが、店は冬眠中なので、あえて急いで現代にもどらなくてもいいかなって・・・・、こういうのは、やはり時差ボケの一種なのかなって? と混乱しつつ、洗濯と荷物整理をはじめています。

                                   りすママ
 
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