旅の定義

 「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり」とうたった芭蕉に、あらためてうなる2011年の秋です。旅先で出逢う人々や場所だけでなく、時間までをも擬人化してしまうその視点に、大きなため息さえもれます。
 芭蕉の視界に、一歩ずつふみこんでいくのも、おつな旅かもしれないと思うものの、はたしてそれはどういう旅なのか、具体的に描けないのが、たいへんもどかしく、可笑しくもあります。つまり、人生そのものが旅だと称した芭蕉自身が、じっさいには日本中を旅した旅人であったことが、理解をむづかしくしていると思います。
 一箇所にとどまって、旅を旅することがはたして可能かどうか? 芭蕉の哲学からすると、もちろん可能なんですよね。でも、その日常で、行きかふ時間を旅人と思えるかどうか? 
 ああ、これを考えるだけで、長い冬をあっという間に過ごせるような気がしてきました。さらに、その冬の期間は、旅の途中といえるでしょうか? 
 
                         りすママ
 
 
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